辰巳泰子歌集『恐山からの手紙』書評

— 心というもののけに逢うため —

 

 

 やいちくんと巡るぢごくのたのしさはこの世のたのしさに似てゐます

 

 三途の川が雨水を溜めて奔りをり桃の実のやうに流れてみたい

 

 むつ市へかへらうぬくいむつ市へかへらうよこの子いつぽんの泣き疲れの木

 

 堅香子が咲く参道に子を叱る雨がさむいと泣く子を叱る

 

 

<やいちくん>はなぜ泣くのだろう。辰巳の中で子供は孤独であり多くの場合泣いている。その姿が極まって寂しければ寂しいほど情緒の濃さが子供の輪郭を濃く縁取る。なぜ子供はこれほど哀しいのか、なぜ母はこれほど子供をこれほど愛しむのか、こうした歌に母の情緒、女のエモーションといった形を求めても無駄だろう。母と子は好んで<地獄>を歩くのであり、そこでなら呼び交わすことができるのだ。子供の孤独の姿が見えるとき<母>はこの世の手触りに触れるのであり、子供は満ち足りて母の腕に抱かれていてはならないのだ。辰巳の歌に登場する子供は、およその意味での<子供>を超えた辰巳自身の心の形象であり、もっと広く人の心の裸形であるようにさえ見える。<やいちくん>に私たち読者が感じ取るのは時には私たち自身でさえある。

 歌人にはたぶん二通りあるのだと思う。一つは事や物に出逢うことによって情趣や言葉を喚起されるタイプ。もう一つは自らの抒情を具現するために事や物を選び求めてゆくタイプである。両者に優劣はなく、また見かけ上ほとんど違いもない。だが、世界をどう認識しているのかという点でその出発点がまるで違う。辰巳泰子は後者の歌人ではなかろうか。『恐山からの手紙』は、恐山という舞台が選ばれながら、土地そのものの風土性や歴史や風景は限りなく捨象されている。そういう意味でも少なくとも旅行詠といった範疇で鑑賞されるべきではないだろう。今日の世界からは手触りや輪郭が限りなく遠のいてゆくのと同時に新しい孤独が生まれ私たちはそこに直面しているかもしれない。恐山という舞台は、まぎれもなくそうした現代の一部であり、また片方では私たちのイメージの中でいまも荒涼とした魂の彷徨う場所である。辰巳の情緒世界はその不思議なタイムラグを越え恐山に乗り移ることによって濃厚な言葉の磁場を再生しようとしている。

 しかし、一方では恐山という舞台に惹かれたとき、辰巳は恐山に追い込まれたとも言えるのではないか。辰巳の情緒の磁場は、これまでも強くどこかに追い込まれることによって息づいてきたが、恐山はそうした情緒をもっとも象徴的に拡大できる場だろう。恐山より北は比喩的な意味でもうない。このように親和的に広げてゆけない世界との摩擦も読んでみたいと思う。例えば東京はある意味では恐山より荒涼としているのだから。

 辰巳は、内面に強く現代の荒涼を抱えつつ、心という獣のような未知を体感で掴んで見せる。それはもうどこか妄信のように激しく哀しい。三七五首のうち二八0首が未発表作品というエネルギー、字余り歌の多さなどもこの歌集の性格をよく示している。心というものがかりそめでなく、ひ弱でなく、体温や手触りや匂いを持つということを辰巳は子供の姿を据えて訴えているようでもある。これはまさに心という未知をかかえて行きあぐねた今日の人間の裸形を探る試みなのだ。