2002/7, No.6
人との連絡やら交流やらといったものがなぜかマメにできない私は、しかし猛烈に寂しがりである。一人で居る休日の昼下がりの電話など飛びついてしまう。逢いたいな、と思っていた友人だと最高に嬉しいが、セールスの電話でもないよりはいい。
セールスの電話には独特の楽しみ方というものがあって、未知の人との駆け引きが楽しめる。私はさまざまな断り方のパターンを試しているが、パターンを変えるたびに私の裡に眠っている別の人格が現れ、跳梁し始める。向こうが勧誘のプロならこちらは断る方のセミプロなのである。
呼び出し音が鳴る。マイナスイオンの空気清浄機がお客様である。これは直感で相手はプロ中のプロ。危険なので私の返事はそっけない。「お母さんは今いません」「・・ツー」。
次、ドイツ製の水掃除機。これはバブルの頃たいへんお世話になった。どうしても部屋を掃除したいというからそれではと来てもらった。敏腕セールスマンが説明しながらほんとに一部屋まるごと綺麗にしてくれたうえに、森の香りまでシュッとひと吹きしてくれた。同じころ、羽布団の洗濯をこれもやっぱりタダでしてくれるというからお世話になった。悪いけど50万円の掃除機も、120万円の羽布団セットも買わなかった。ごめんね。
そして最近多いのがワンルームマンションのセールス。概して若い男性が多いから、私の応答にも気合いが入る。
パターン1。「ご主人、いらっしゃいますか?」「いいえ、夫はここ5年ほど私の元には戻っておりません。あの・・・」言葉と言葉の間をゆっくりと取り、高ぶる気持ちを抑えるように喋るのがコツ。
パターン2。「節税対策の御案内なのですが」「・・・・。ウチは国家に少しでも貢献したいと考えてます。日本の将来をアナタどうお考えですか?だいたい今の国家の赤字は云々」これは向こうから電話を切ってくれる。
パターン3。「都心の一等地、めったにない物件です」「愛人付きですか?」「は?」「ですからその部屋買う以上愛人の世話までしてくださるのかどうかと」これはまだ試したことなし。
パターン4。「ご主人様おいでですか?」「いえ、私、犬じゃないので主人は持っておりません」これは忙しい時用。
パターン5。新入社員の研修とおぼしきたどたどしさ。私はちょっと敬語の使い方を直してあげ、がんばるんだよ、と励ます。
しかし、である。このごろこうした私の楽しみにも翳りが兆している。電話の向こうの相手から、必死の痛々しさが伝わってきてしまうのだ。リストラにあって、慣れない電話勧誘の仕事を頼みの綱にしているかもしれない。夫の会社が倒産して、昼夜かけもちで働き始めた同世代かもしれない。この電話があっけなく断られたことで最後の忍耐の緒が切れ、この人が電車に飛び込んだらどうしよう。
少しづつ私の語尾も曇り、ごめんね、という気持ちがつい滲んでしまう。声には微妙で繊細な表情が織り込まれる。バブルが去った都心に白々とした空間が点在し、その空間を何かで埋めよ、と命ぜられた若者達が必死で電話を掛けているのだ。あなた達のせいじゃないのに、と心から思う。いつしか同情している自分に気づく。同情が情に変わるのは時間の問題である。お金がないならせめて情くらい。そして情は愛に発展し・・・。い、いかん。だんだん危ない昼下がりなのである。