日替りエッセイ

短歌に限らず森羅万象、おりに触れての物思いを書いていきたいと思います。

メールで掲載の許可を頂けたものはここに載せていきたいと思いますのでどうぞよろしくお願い致します。

 

もくじ

お知らせいくつか / おお / カラヴァッジョとマイケル / 雛地獄手作責段 / 鳥のうしろあたま / さぶ。 / ふたつのシンポジウムを終えて / 雪、大雪、雪崩れ・・・。


お知らせいくつか

2010/5/15

 ずいぶんご無沙汰してしまいました。こう時間が空くと、書きたいこと、書かねばならぬ事は積み重なって出口に殺到しドミノ倒し状態。あっちでもこっちでもアー、とかウーとかいう呻き声が聞こえますが、致し方なし。なんか面白いこと考えてたんだけどなーと思いつつ、もう書くタイミングはとうに過ぎております。いずれもっときちんと書くべき事は書くとして、とりあえず急ぎのお知らせを二つほど。

●今を生きる若山牧水-「牧水研究」京都シンポジウム
日時・平成22年6月6日(日)午後1時~午後5時
場所・ハートピア京都3階大会議室(京都市地下鉄「丸太町駅」下車すぐ)
参加費・2000円(事前申し込みは不要です。当日直接会場へお越し下さい。)
       
開会挨拶  長峰元久 (「牧水研究」事務局)
基調講演  「啄木の死から牧水へ-闇を行く心-」
      上田博  (甲南大学大学院講師)
発表    「牧水の故郷」
      興梠慶一 (「牧水研究」編集人)
鼎談    「牧水と現代」
      伊藤一彦・吉川宏志・川野里子

●友人の佳子オットガッリがソプラノ歌手としてウェブオーディションに挑戦中です。視聴者の投票も得点になるそうなので、是非一票入れてあげてください!!マダム・バタフライはなんとしても日本人がやらねば。彼女の歌声は不思議な力があって、サマータイムなんかは涙なしには聞けません。いろんな曲折を経て奇跡の復活をとげ、この歌声にたどり着いた表現力に感動します。
このページからYoshiko Ottogalli のヴィデオLIKE ITクリックすると投票されます。  http://www.youtube.com/thatsoperatalent
投票のための参考画面  http://www.yoshikoottogalli.it/click/click.htm










 


おお

2010/4/1

 旅をして帰ってきたら桜が、じゃなくて豆苗がもじゃもじゃと繁茂しておりました。
 刈り取った豆苗の残りの根に水をあげると再生する、と聞いたので試してみましたが見事!飛行機や新幹線に乗って飛び回るのも好きですが、こうやってじーっと植物の芽吹きなどを見ているのもいいですね。
 驚いたことに息子が水を換え続けたらしい。大木に倒れかかられても植物には関心を持ちそうもない息子がなぜ豆苗に関心をもったのかは謎。そういえばもう十年以上台所の窓辺にあるサボテンも一応息子のもので、これはちっとも大きくならず、かといって枯れもせず。とにかくトゲトゲのままじーっと窓辺に居るわけです。おい、サボテン息子、そろそろ大きくなれよ。


カラヴァッジョとマイケル

2010/3/26

 この前見たカラヴァッジョの「洗礼者ヨハネ」。なんだか心に引っかかっていて、しばしば思い出すのです。なんでかなあ・・・。ひとつにはあの絵から主題やモデルとは全く異なるものがにじみ出ていることかもしれません。少年をモデルに描かれたヨハネには荒涼とした疲れのようなものが滲んでいて疲れた獣のよう。カラヴァッジョの描く少年にはことごとく性愛のまなざしが滲みますが、この少年のエロティシズムは輝きが消え失せ、重く沈んだ退廃的なまなざしをしていました。最晩年、カラヴァッジョが最後まで抱えていた絵の中の一枚は彼自身のように疲れているように見えました。
 ローマからそれほど遠くない海岸、熱病のカラヴァッジョが彷徨った熱砂のまぶしい海岸を思うことがあります。絵だけを載せ、彼を取り残した船を追いかけて歩き続ける画家はこの絵の少年のまなざしを思ったでしょうか。描くことしかできず、巧く生きることのできなかった画家にとってこの世は過酷な試練の連続だったはず。三十代で亡くなった彼は、しかしその年齢以上に疲れていたのではないかと思われてなりません。
 そう言えばマイケルも晩年あんな疲れたまなざしをしていましたね。パフォーマンスすることしかできず巧く生きることのできなかったマイケルにとってもこの世は過酷だったことでしょう。かれらのまなざしが心に沁みてきます。


雛地獄手作責段

2010/3/4

 弥生の四日、ふとした気まぐれ。べん。久々に友と逢いたるはこれも前世の約束なり。やれ嬉しや今日ばかりは離さじ、話したきこと山と積もればとて互みに喜び連れ立ちたる。さて、いずこにか程よき茶店あらんと見回せど見あたらず。ところは往来激しき国道のあたり、パチンコ屋、車販売店など無粋なる看板ごちゃごちゃと立ち並ぶ殺風景このうえもなし。べべんべんべん。
 ふと見ればドンキホーテの駐車場の裏あたり「カフェ」なる看板掲げたる一民家あり。べんぺん!どう見ても一民家なれば、しばし目を疑い怪訝におもえど是非もなし。勇を決し玄関開くれば女主人走り出できて「靴ぬぎたまえ」「これ履きたまえ」とてスリッパ並べくれコート取り掛けくれたる。見知らぬ家に上がり込む遠慮にわかに湧き出ずれどもはや引き返す時逃したり。
 やれ奥へやれやれ奥へと誘わるるままに進めばやがて現れたる緋色なる空間。ベベンベンべん!こは何ぞ、こは何事ぞ、とて仰天したれど声には出せず。目を慣らししかと見れば、布にて細々と造りたる人形どもあまた天井よりぶら下がるなり。緋色の布多く、無数なる緋色の紐にて吊したる。こを吊し雛と言うとぞ。壁際には緋の毛氈かけたる手作り雛の雛壇並び、さながら手作り地獄なり。
 こは何かの恨みにて作り溜めしか、とは言わざれど顔に出でたるならん。女主人、ただひたすらに楽しければ作り続けたるなり、家を溢るるほどになりしかどなお作りたければ、こうして店開きて見てもらわんと思いたちしなりと。無数なる人形無数に微笑み吾らを見おろしぬ。恐ろしきこと限りなし。べべんべんべんべん。
 この奇怪なる空間に、あとからあとから女ども連れ立ちくること間断なし。べん。口々にぶら下がりたる人形どもを指さし「可愛ゆし愛らし」とぞ。手作りなれば褒むるほかなし。部屋の隅々に手作りなる陶の小物並びたればこれも褒むるほかなし。べべん。
 こは魔女の集会所かはたまた巫女の祈祷所か。遠き世のオシラ遊びもさなりしかと思うほどにて女ら「可愛ゆし可愛ゆし」と楽しげなり。友とわれ血潮したたるごとき緋色の紐の下にて茶を啜れど話すべき事見あたらず。いずれの人形か吾がまなかいに垂れ下がり来て今に「恨めしや」と告ぐるならんと思えば気もそぞろなり。
 これぞ弥生節句に現れたる狐の家か、はたまたこれをぞ雛地獄と言うべきか。ダン!今日はハマグリ買ひきたれば、殺生に殺生重ねたる手にてこれをも一息に殺し食わんと思うなり。雛地獄手作責段これまで。ぺぺ~んぺんぺんぺんぺんぺん・・・・。


鳥のうしろあたま

2010/2/25

 今日は春一番がふくかもしれませんそうです。ぴちゅぴちゅ。春ですね。
 ところで、鳥には後ろ頭があるんですね。もちろんあるに決まってるけど、鳥の後ろ頭ばっかり大量に見せられて、結構感動したのが、ロニ・ホーンの作品。おびえていたり、好奇心もってたり、嬉しくてクピッってしてたり、失望してたり、鳥の後ろ頭って表情豊かなんですね-。ほー、って思って現代美術を見直したわけです。
 ロニ・ホーンと言えば、セルフポートレイトをたくさん並べた作品が有名ですが、ホイットニー美術館で2フロア使って展示されていた、彼女の作品群を見て結構圧倒されました。アクリル板に文字を書いたインスタレーション。テムズ川の水面の表情を撮った写真に言葉を埋め込んだ「水日記」と題するパネル。巨大なガラスのオブジェ、などなど。第六感という言葉がありますが、彼女の感性は第七感みたいな感じ。日常とか既成のアートの死角を突いてくる鋭さは凄かった。
 現代アートに対しては冷ややかな気分なのですが、しかし、やっぱり面白い物は面白いし、むき出しの才能を突きつけられる痛さと喜びは何にも代え難いです。こういう痛いほどの感性を表現するのに短歌はけっこう向いていると思うけど。
 春一番が吹くと、おかっぱにした髪の毛がぼあぼあになって、あまのじゃくみたいになる。怖い一日です。


 


さぶ。

2010/2/16

 あー、寒いですね。雨ですね。暗いですね。寂しいですね。
 こんな日は町中にショパンがBGMで流れてるみたいです。んで、すっごい美人なのに薄幸な女の人になった気がします。寒さで鼻のかたちが良くなったような気がするし。


ふたつのシンポジウムを終えて

2010/2/14

●2月11日、青山アイビーホールでの「今、よみなおす戦後短歌」は、大雪にもならず、交通機関も止まらず、無事開催できました。
 雨模様の寒いなか、前回を上回る240人もの方々にご参加いただけたのは大変嬉しいことでした。この手作りのシンポジウムも少し慣れてきて、今回の出来にお褒めの言葉をいただけたのは本当に嬉しいことでした。短歌史とよばれるものが見残してきたところに光を当てると、日本の戦後、そして短歌が今とは違った表情を表してくれます。それを今後もじっくりと見いだしていきたいと思います。
 相変わらず事務作業が苦手なので、資料をつくるのに、順番に一枚づつ重ねて閉じる、というごく単純な作業に難渋し、時には悲鳴さえ上げながら準備いたしました。ご案内の葉書にいたっては3通届いた方もあり、また全く届かない方もあり・・。そうしたごちゃごちゃもお許しくださり、熱気をもって迎えてくださった方々に心から感謝申し上げます。ありがとうございました。次回をご案内できるのを楽しみにしております。

●また、2月6日に郷里の大分県竹田市で開かれた「国際人・広瀬武夫に学ぶべきもの」にご参加くださった方々にもお礼を申し上げます。故郷の先人である広瀬武夫を、「軍神」ではなく、一人の「国際人」、「文化人」として見直そうというフォーラムでした。
 広瀬はたくさんの手紙や散文、詩歌を書き残していますが、ことに彼の散文はあらためて文学として読み直す価値のある物です。私自身は明治という時代を立体的に知る大変貴重な機会となりました。また彼の散文から浮かび上がる人間像は、軍人というより、非常に洗練された外交官そのものでした。戦争の歴史、さらには戦後の歴史が彼の本当の像を覆い隠し、虚像にしてしまったのは残念です。
 私はこうした歴史を読み直す企画を心から歓迎しますが、しかし、同時に戦争の歴史をなし崩しに認めることを非常に強く警戒します。当日、第二次大戦の陸軍大将、阿南惟幾も持ち出され「再評価」されたことには非常に強い違和感と憤りを覚えました。
 歴史はマジックのように読み替えられ、安易に物語化されるべきではありません。厳格に精査され厳格に評価され反省されるべきです。曖昧な物語化や、物語と歴史の区別のなさ、その繰り返しが情報の分析をないがしろにし、多くの人々の命を犠牲にするという第二次大戦の悲劇を生んだのではなかったでしょうか。このことは声を大にして付け加えたいと思います。
 私は竹田市に生まれながら、広瀬を祀る広瀬神社には今度はじめて行きました。私の父がこの神社に登ることを許さなかったからです。シンポジウムの前日、一人で神社を歩き回りながらその意味を知り、自分の郷里についてあらためて考え込むことになりました。
 昭和10年、挙国体制へと向かう歴史の中で作られたこの新しい神社は、もともとこの敷地の主であった岡神社を見下ろす位置に造られ、周囲のどの寺社よりも高い市街の中心に位置しています。神社に飾られている広瀬の写真の周囲には、第二次大戦で亡くなった若者たちの写真がぐるりと壁を覆って並べられていました。
 それぞれの写真は、私の息子のようでもあり、また懐かしい同級生の顔のようでもありました。このような若者がみな人間であることさえ許されず、「軍神」にされてしまったことの悲劇。自分の命に替えても守りたいと願い育てた息子の死を、糾弾することも泣くことも許されない。そんな過酷な装置として広瀬が祀られてしまったことは悲劇いがいの何ものでもありません。広瀬のご家族が大変屈折深いエッセイをのこしていますが、それもよくわかります。
 広瀬神社の存在は竹田市にとって抜けない杭、大きすぎる棘のようなもの。文化人として広瀬を語るこころみは、結局「軍神」をさらに崇めることにしかならないのではないか、という悩みを抱え込むことにもなりました。
 しかし、広瀬武夫という軍人の書き物を読むことは大変に楽しく有意義なことでした。森鴎外が陸軍の軍医であったように、正岡子規が従軍記者になりたかったように、明治という時代は今日のジャンル分けとはまた別のところで文学が胎動していました。歌人は短歌だけ、小説家は小説だけ、といった今日の研究の縦割りの弊害はとても大きく、豊かな水脈を読み逃しています。ジャンルを超えた読みが出来なければ、新しい物は見えてこないとさえ思います。ただし、越境はいつの場合にも危険と隣り合わせなのですが。
 
 


雪、大雪、雪崩れ・・・。

2010/2/2

 関東地方は雪です。明日の朝までにはきっとかなり積もることでしょう。
 シンポジウムのお申し込みを締め切らせていただきます。ありがとうございました!当日お目にかかれるのを楽しみにしています。
 もし、当日大雪になって交通機関がストップ、参加者が一人もいなかったらどうするか、を考えました。何を話してもエコーがかかる広~いホールの真ん中で「愛してるぞ~~!!」とか「不況をなんとかしろ~~!!」など叫んだ後は、時間いっぱい踊るか歌うかするほかありません。やっぱ大雪は怖いです。なんとか無事開催できますように。
 一日中かけているマイケルのレコードが切れることがあって、ふっと薬(ヤク)が切れたように現実が見えることがあります。なかなか荒涼としています。積み上げた本と書類はいつ崩落するともわからず、ゴキちゃんも今はひっそりと暮らしていて影も形も見えません。
 憂鬱の最大の原因はたぶん息子。昨春就職したものの、長時間労働の連続ですでに健康が心配。転職を考えても今は一度やめればそれっきりになる可能性の方が高い。じゃあこのまますり切れるほかないのか、あの教育投資は何だったのか、などなど。
 親世代の生活よりも子世代の生活の質が確実に悪くなるだろう、というやりきれない不安は、今、誰もが共有しているように感じます。同時に、介護の現実はどんどん厳しくなるばかり。介護される方だってうんとがんばっていて、考えて見れは健気。それが可愛そうで余計に辛くなる。ああ、いかん、とマイケルに再び手を伸ばすわけです。
 明日から九州の実家へ。飛行機、飛ぶかな・・・。