チェアマン

2002/7, No.7

 

偶然だがJリーグチェアマンのK氏の近くに住むことになった。幼稚園のころ風船サッカーというのをやってずいぶん活躍したが、以後サッカーのことは全く知らずに過ごしてきた。つまりスポーツ音痴なのである。かつて一度だけアメリカン・フットボールの試合に連れていかれたが、最後まで何がおこっているのかわからなかった。しかし、である。私にも感動できる場面があった。ハーフタイム、凄い元気なブロンドの少女達がミニスカートで現れ、ボンボンを手に飛んだり跳ねたり。それはそれは素晴らしくて私は精一杯の拍手を送った。これがチアガールであった。チェアマンというのは、チアマン、つまり、その男性版に違いないのである。

 三軒先のK氏の姿をまだ見たことのない私は、好奇心ではち切れそうになりながらその日を待った。いくら何でもミニスカートはないだろうけど、バレーダンサーのようなスパンコールつき衣装か、闘牛士のような身体にぴったりした衣装を身につけてアクロバティックな演技を軽々とこなすに違いない。そんなチェアマンのことを考えると、私は自分がスパンコールになったみたいにどきどきした。この家を選んだ偶然に心から感謝した。きっと白い歯を見せて爽やかに笑うに違いない。歯磨き粉を「歯を白くする」タイプに買い換えて私も来るべき日の笑顔に磨きをかけた。

 朝、K氏が奥さんと散歩すると聞いた私は、したことのない早起きをし、持ったことのない箒を手に家の前に立った。ジョギングの女性が一人、バイクのお兄さんが一人通過し、二組ほどの落ち着いた中年のカップルがゆっくりと歩いていったが、K氏らしき人は通らない。蟻の食べこぼしまで掃き終えた私は家に戻るしかなかった。

 そしてある日、テレビに「Jリーグチェアマン」の名札とともに映ったK氏は、あのいつもお目に掛かっている知的な中年紳士であった。確かに白い歯を見せて爽やかに笑っていた。ワールドカップを成功させ、アクロバティックな日程を軽々とこなし、キャスターの隣に着地して。しかし、何というか普通のスーツを着ていた。

 The New Global English-Japanese Dictionary曰く。チェアマン=chairman=議長。みんな、しっかり勉強するように。