レオナルド・ダ・ヴィンチ

— 講談社学術文庫 田中英道著 —

『デンタルダイヤモンド』

 

レオナルド・ダ・ヴィンチって、結構ブームですか? ベストセラー小説『ダ・ヴィンチ・コード』(ダン・ブラウン著)でルネサンスの巨匠の残した暗号やら図像に魅せられたミーハーなわたくし。先日六本木ヒルズで開かれていた「レオナルド・ダ・ヴィンチ展」に行ってきました。展示されていたのはレスター手稿。レオナルドが地球や水、大気などありとあらゆる物質やこの世を作っているものについて考察した晩年の集大成です。彼の手稿が左右逆の鏡文字で書かれていることは有名ですが、これが実に小さな丁寧な字と美しい図像で埋まっており、しかも楽しげに書かれていることに驚きました。直感したのは、ああこの天才は一生この世のありとあらゆるものと遊んだのだな、ということ。いわゆるオタク少年ではなかったかということです。

 そんな私の思いつきを応援してくれるかのように(?)、実に豊かなレオナルド像が書かれているのが田中英道による『レオナルド・ダ・ヴィンチ』です。レオナルドは画家として、科学者として万能の天才として語られますが、彼の天才の核にあたるものを著者は次のように語ります。

 視覚にもとづく表現ーー絵画への自信は、 彼のすべての思索の根本である。(略)「科 学」が「芸術」とかけ離れたものだと確信 している今日の「専門家」たちにはレオナ ルドが「科学者」のように映るであろうが、 彼はこの時代の「画家」であったからこそ、 躊躇することなく科学を論じえたというこ とを忘れるべきではない。

 「専門家」ばかりが小さな専門性に立てこもる現代は何だか楽しくない。自分の目や感覚を信じて森羅万象を子細に観察する、レオナルドの好奇心は、まるで子供のように輝いています。その底に描くことへの自信があったのです。レオナルドは「画家の精神は神のそれに似ている」とさえ思っていました。厳しい教会の統制に覆われた時代のベールが剥がされ、自分の目でものを見ることのできた時代の輝きをこの天才は伝えてくれます。

 しかしこのレオナルドの自信が通じない分野もありました。兵器技師、軍事技師として働きたいと願ったレオナルドは、数々のアイデアを持っていましたが、どれも採用されることはありませんでした。潜水艦に似たようなものから、土木工事にいたるまで、彼のアイデアはどれも見事に「描」かれてはいたのですが、どうも現実の用には立たなかったようです。絵画でも未完成作品の多いことで有名なレオナルドですが、こうしたアイデアもやはり未完成に終わったわけです。

 どうでしょうか。オタクであるにしても壮大ですね。この本はそんな天才の生涯を子細にそしてダイナミックに描き出しています。