あなたはなぜ死んだのだろう、と今日また思う。この問いに一体どんな答えがあるだろう。あなたの病気は致し方のないものだったし、それはなぜ、と問われても仕方のないことなのだ。あなたは充分闘ったし、あなたらしい生を大切に生きた。それでも、私はこれからも繰り返しなぜ?と問い続けるだろう。
今日、もうすっかり暮れ落ちて、黒いシルエットとなった町の向こうに宇宙への入り口が開いていた。菫色と群青の溶けあってゆくそれはそれは深い色合いの夕べの空。私はその美しさに胸を締めつけられながら、なぜ?と問うたのだった。
あなたが逝った日もそうだった。あなたの臨終を聞いたあと出席せねばならなかったあるパーティーで、和太鼓の力強い乱打が響いた。天を仰いでは撥を振り下ろす仕草の不思議な敬虔さに心打たれながら、わたしはなぜあなたは死んだのか、と問うたのだった。この世はこんなにも感情に満ち、懼れと勇気と、不安と希望とがせめぎ合い、人はいつも懸命に今を確かめねばならない。私は自分が生きていることを痛いほど感じながら和太鼓を聞いていた。こんなに美しいものが満ちているこの世界になぜあなたはいないのか?
わたしはまるで太古の最初の質問を掘り当てたように途方に暮れ、なぜ?の向こうに答えなどないことをいくたびも確かめねばならない。私の小さい息子が、眼に触れる何もかもを指さし、「あれは何?なぜ?」と繰り返したとき、私は息子とともに途方に暮れたのだ。あの時瞳をいっぱいに見開いた幼児は、なぜ?の答えをほんとうに待っていただろうか?つぎつぎと指さすものの一つ一つに説明や名前など欲しがっていただろうか。そうではない。自分といっしょにこの世界のあまりの見事さに途方に暮れよ、とあの幼子は私に命じていたのだ。
M、あなたもやはり途方に暮れたのだと思う。あなたは何も名づけず、何も指示せず、何も決めつけなかった。ただあなたに初めて訪れた死の巨きさと、それと同量の生への希望を大きく目を見開いて見つめていたのだ。虚空の何かに対して見開かれたあなたの瞳がこの世の誰よりも敬虔だったことを私は覚えていようと思う。さようなら、M。あなたは誰より勇敢で、誰より謙虚だった。あなたが逝ってこの世はさらに深く巨きくなった。だからこそ、夏の終わりのバッタがつぎつぎに飛んでゆくこの美しい原っぱに蹲って、私はなぜ?を繰り返すほかないのだ。さようなら、M。