真ん中

 

体育祭が近づいた中学二年生の夏。連日マスゲームの練習が続いていた。背が低かった私はいつも先頭で、自分の後ろに続く列の動きを左右するはめになった。マスゲームが大嫌いなうえに私は怖ろしい方向音痴である。「ほらほら、北へ五メートル、それから直角に折れて右へ三歩、左へ六歩。南へ向かって大きくターン!」などと指示されようものなら私の頭はパニックを起こす。頭のなかを俊敏な蠅が飛び回り、もつれた糸屑のような軌跡が現れる。飛蚊症ならぬ飛蠅症である。いつも私の列は路頭に迷ってやり直しを命じられた。

 練習も仕上げに掛かったころ、全校生徒が集い、校庭に大きく輪を描いた。楕円形のトラックを囲み、そこからいくつもの列が中心に向かって進むのだ。私と、それから幾人かの先頭が呼び出され、大きな空白となった校庭の中心に進んだ。いくつかの指示を受け取る。夏の名残の残る九月はじめの空は透明で、このまま空に飛び込めたらどんなに気持ちいいだろう、と思えた。先生の声が遠のく。私が雲雀なら、空に向かってきっと今ダイビングする。雲雀はなぜあんなに切ない飛び方をするのだろう。恋だろうか・・・。拡声器を持った先生が、トラックの中心から生徒達にさまざまな指示を出していた。「北」「南」「はす向かい」「交差」「右左」・・・・。世界はキュービックゲームのように移動し続け、私は空に見惚れていた。

 その時奇妙な笑い声が耳に入ってきた。気がつくと全校の生徒がトラックの向こうから笑っている。ここに立っているのは私と先生だけになっていた。他の生徒達はトラックを囲む輪のなかに帰っていた。その輪に戻ろうにももうどこがどこだかわからない。広大な校庭の空白、笑いの渦のなかに私は取り残されていた。

 頭が真っ白になる。青い空を油蝉がもがきながら飛んでいった。もう、しようがない。私は覚悟を決めて、きちんとその場に体育座りをした。生徒達の笑い声は一層高くなり、先生はようやく足下に座っている私を見つける。「おい、お前何でここにいるんだ」。私は真っ白になった頭のまま答える。「ここが真ん中だからです」。そう。この時から私は世界の真ん中となった。