ウラメシヤ

書き下ろし

 

またバブルだそうだ。ぺんぺん草だってもう懲りているのに。

 郊外の安い住宅地にあたるウチの近所には、空き地になったり建物が建ったりして何時も荒涼とした場所がある。空き地なんだか建物が建っているんだかしょっちゅう変わっているので空き地、とも呼べない。仕方がないから私は勝手にその場所をウラメシヤと呼んでいる。

 数年前、ウラメシヤにはどこかの会社の寮が建っており、バブルの崩壊と共にうち捨てられて廃墟となっていた。夜はそこら辺り一帯がうら寂しく、黒ずんだカーテンの垂れ下がる窓やらぽっかりとガラスの割れたままになった窓やらが通りをゆく人を恨めしそうに眺めていた。南仏プロバンス風を気取って塗られた青いペンキには手すりや樋やらの金属部分から錆が垂れて染みつき、屋根に付けられた風見鶏は鶏の変死体となって錆びはてていた。安っぽい建物のどこかの押し入れにはきっと死体が眠っているに違いなかった。しかし時間が経つに連れ、その荒涼とした風景をセイタカアワダチソウが覆い、ススキが埋め尽くし、荒れ果てていながらもそれなりに穏やかな風景に帰ろうとしていた。

 ところが、である。最近になってウラメシヤが息を吹き返したのである。ショベルカーがわずか二日ほどでその南仏プロバンスを片づけ、整地をしたうえに「売地」の札を立てていった。夏を越す頃、小綺麗になったウラメシヤには、うっすらとぺんぺん草が生え、秋になると蜻蛉が丈の低い草の穂先に点々と羽を休める風景となった。このまま成仏するかと思われたウラメシヤだったがそうはいかなかった。つい先週、ぺんぺん草の原っぱの真ん中に「イタリアンカフェ○○用地」の札が立ったのである。

 よせばいいのに。この土地を知る人はその立て札を見るとやれやれと首を振る。今度はナポリ風だかジェノバ風だかが廃墟となるのだ。できるならあんまり派手な看板は付けないで欲しい。カンツォーネを歌う姿の人形なんかがが取り残されたら、夜は遠吠えが聞こえそうでとてもその前を歩けない。ナポリ風だかジェノバ風がうち捨てられて廃墟となり、また取り壊され、その後に今度は上海風か北京風だかが来てぎんぎらのドラゴンでも取り残されるのか・・。いつもいつもなんとか風が入れ替わり立ち替わり建ったり壊されたりしてウラメシヤは成仏しない。バブルの亡霊達がうろうろと歩き回り、ぺんぺん草が生え風に揺れている風景が一番似合っている土地を、また掘り返しては捨てて行く。