予感について

— 茂吉の戦前歌と渡辺松男の現在 —

「かりん」2003年1月号

 

 めん鶏ら砂あび居たれひつそりと剃刀研人は過ぎ行きにけり

『赤光』斎藤茂吉 

 夏休日われももらひて十日まり汗をながしてなまけてゐたり

 

 たたかひは上海に起りゐたりけり鳳仙花紅く散りゐたりけり

 

 「七月二十三日」とぶっきらぼうに題されたこれら三首を含む一連は、『赤光』のなかでも最も高名な一連である。「めん鶏」と「剃刀研人」、「たたかひ」と「鳳仙花」という組み合わせの新奇さに目を見張り、寓意性を読んだ鑑賞者たちもあった。また、これらの歌に西洋的方法の萌芽としての象徴性を感じ、その深さと新しさに注目した読者もいた。茂吉自体は、この歌がそのような意図のもとに出来たものではなく出来事としてそのままに読んで欲しいと語っているが、そうした自注が果たす役割はとりあえずは怪しいと見るべきだろう。発表当時から現在までこの歌を目にした人々は偶然以上の何かを感じたからこそさまざまに論じてきたのだ。

 確かにこの一連は高名な秀歌を置くにはあまりにも凡庸でぶっきらぼうな連作である。名歌として一首目、三首目を知り、どんなにか高邁な意図のもとに作られた作品だろうと思いこんでいると肩すかしを食った気分になる。二首目の実に卑近な夏休み風景は、茂吉の「今」が実にのどかであり、平凡であることを伝えている。団扇片手にごろ寝のどこにでもある夏休み風景であろう。そうでありながらやはり一、三首目は非凡であり、平たい日常性から生え出た非日常として一層の迫力を湛えている。例えば象徴という近代西洋詩の概念を持ち込むとき、「剃刀研人」、「鳳仙花」の歌は確かに成功した象徴詩としても読めるだろうし、また読者の側で何らかの寓意を読みとることも不可能ではない。しかし、これらの作品は、そうした作為としてではなく、もっと生で思いがけない人間の心の働き、例えば「予感」のようなものとして詠まれたと考えることはできないだろうか。茂吉がぶっきらぼうな連作としてこれらの歌を据え並べたことの意味を今一度考えてみてもいいような気がするのだ。

 三首目の歌について、塚本邦雄は「作者に当時の隣国支那の政情を憂ひ、戦禍を慮るほどの深い関心があったかどうかは、大いに疑問であらう」(『茂吉秀歌「赤光」百首』)と述べている。当時、上海の動乱は新聞で伝えられており、茂吉も興味をもってそれを見ていたに違いない。しかしあくまでも興味としてであって、近代市民として自覚的に起こりつつあったことを受け止めたかは怪しい。そして、剃刀研人の歌も鳳仙花の歌も自覚に達し思想や思考として形になる以前の、心の領域の出来事として現れている。今起こっていること、これから起ころうとすることへの直感として働き、何らかの不安のようなものを表出しているのだ。それは茂吉の創造の過程においてやはり偶然なのであり、しかしその直感の導くものとして必然ではなかったのか。そして十五年戦争突入直前の大正二年に書かれたこの歌をいま読み返すとき、私たち読者はこれらの歌がその後訪れる苛烈な時代への予感として短歌史上に存在していることを思わずにはいられないのだ。


例えば私たちが「心」と呼んできたもののうちにはこのような直感や予感も含まれているのに違いない。そしてこうした見えないものに対して開かれた感覚こそは現代短歌のメインストリームになりつつあるかも知れないとさえ思う。

 

 われはただ妣を探してかなしむにおびただしき葉の気孔がひらく 

『歩く仏像』渡辺松男 

 父や祖父がやたらに笑いぞわっぞわっ竹藪が進軍している窓辺

 

 箱女を抱こうとする箱男懸命に手を四角にのばす

 

 渡辺のこうした作品のわかりにくさは一体何によるのだろう。明らかに茂吉の歌とは異なる方向性を抱えながら、渡辺は現実には見えないものを具象化することに心を賭けている。もし、これらの歌に現実との直接の対応関係を求めるなら作品は宙に浮くことになるだろう。例えば、私たちにとってより分かりやすかった渡辺の次の歌と比較してみよう。

 

 白鳥はふっくらと陽にふくらみぬ ありがとういつも見えないあなた

『泡宇宙の蛙』 

 

 上の句は私たちが容易に目にすることの出来る風景だ。しかし、下の句への飛躍によって「みえないあなた」への想像力を迫られる。私たち読者は上の句の白鳥の姿を手がかりに、思い思いの、しかしなにか創造主に近いような「あなた」を思い浮かべる。そして「ありがとう」の思いがけない広がりに心を開かれる。しかし、先に掲げた三首はどれも現実的な風景との対応関係を持たない。あえて言えばいきなり「見えないあなた」のような抽象的な何かが現れているのであり、全体として不安なイメージが展開されている。

 一首目、二首目は、亡くなった母、父、祖父といった肉親がモチーフとなっている。しかし、挽歌というような心の様式性、規範性からは大きくはみ出している。これらの歌はもっと広く、母的なるもの、父的なるものへと昇華されており、しかしそのいずれもが「私」を救わない。「妣」はより抽象化された自然として現れ、救いを求める「私」を包み込むわけではない。むしろ不気味なデフォルメを経て、「母なる自然」というお仕着せをはねつける。この歌が含まれる「ふくらむ木」一連は、黄泉を尋ねたイザナギ物語の現代版のようにも読めるのであり、「妣」である自然から追放されてゆく「私」の物語となっている。それは、人が自然に求める癒しの簡便さ、卑しさを拒否するものだ。

 二首目はいくらか現実との繋がりを感じさせる。竹藪のイメージは確かに規則正しい進軍を思わせるからだ。しかしこの歌の核となっているのは、近代が育んだ「父」の理念が内包している暴力性だろう。渡辺は繰り返し父なるものと暴力との関わりを詠っている。「進軍」は、私たちのどこか遠くで出来事として起こっているのではなく、私たちの内部で、私たちが培ってきた規範や価値観の内で起こっている。そうした内面の危機が先にあって進軍する竹藪の風景が生まれているのだ。

 同様のことは三首目についても言える。段ボール同士が愛し合おうとする奇妙な一連のなかにあるこの歌は、現代の愛の孤独を形象化したユニークな一連だろう。愛したいという「懸命」さと自らが「箱」であるという空虚さの組み合わせは、孤独ゆえに「懸命」に愛を求めながら、自愛という空虚な「箱」のゆえに愛し合えない現代の個の痛切な形象化であろう。

 茂吉にとって偶然が引き寄せた風景が時代的な危機を予感し象徴してしまったのとは反対に、渡辺の場合、内面の危機や不安が先にあり、それが形を求めてイメージが出来上がっている。それは、ともすれば現実への出口を喪失する危機、「私」の内面に自閉してゆく危機とも背中合わせでありながら、何か抜き差しならない切実さを感じさせる。心と呼ばれるものは、喜怒哀楽をはるかにはみ出し、掴みきれない何かとして私たちを困惑させ、時には社会事象にさえ姿を借りながらしばしば「私」をはみ出している。そしてある時は予感として近未来の危機を描くことを迫るのだ。

 

 夕山にぜんまいそよぐぜんまいの夢をおもえば動乱のゆめ

『歩く仏像』 

 わたしって団栗たいしたものだから落ちるわよそれみんなと一緒

 

 いま、私たちの心を落ち着かなくさせるのは、のっぺりとしたこの平静のかなたにある未来である。多くの課題を未来へと繰り込み、解決を先延ばしにすることで成り立っている現代社会にとって、不安や不幸とは目に見えないものとしてある。「ぜんまい」の夕べのかそけさが「動乱」へと繋がる回路は直感以外には見えない。それはまだ「夢」なのであり、風景としてぜんまいの質感を厚くしつつ潜んでいる。また「みんなと一緒」に「落ちる」楽しさは、実りの楽しさでありつつ、「私」を喪失した風景でもある。この童話はそのまま巨大な危機にも反転しかねない。目に見えない、名前のつかない今日の危機は、あくまでもひとりひとりの「私」の不安、予感という、「心」の領域の出来事として訪れている。その「心」をどう扱うのかにこれらの歌は挑戦している。


 例えば戦争を考えるとき、経験を礎に今を考えるという文脈がある。戦後の文学は経験としての戦争を鏡にしながら今日の危機を感じ取ってきた。それは戦争を知らない世代にも充分ではないながら手渡され、間接的な経験や鋭敏な洞察として今起ころうとしていることを感じる手がかりとなってきた。しかし、先に挙げた茂吉の歌に感じられる不安は、経験というより予感に近い。あの歌が戦争前夜に書かれたという事実を思うとき、風景として描かれたものが漠然と多くの「心」の不安を代弁し、起ころうとすることを予感したのは偶然だったろうか。茂吉が偶然の所産に預けてしまった(あるいはそういうふりをした)ものをじっくり振り返るとき、戦後的方法のみでは描けない危機が描けるかも知れないと思う。それを、例えば予感という言葉で呼んでみたいと思うのだ。