著者: 川野里子 発行: 砂子屋書房
童話的な連作や未発表作品で構成した前半、心のありかを探りつつ死や愛をテーマにした後半。母とは何かという、テーマに新しい角度から挑戦してみました。
樋口一葉またの名を夏まつすぐに草矢飛ぶごと金借りにゆく
フライパンの奥処に蝉は鳴いてゐる青春は哀し夏ごとに来て
合歓揺らし菩提樹ゆらし奴(な)の国の子供用瓶棺ぬぎて魂(たま)来よ
家族の家いままぼろしにかへりゆく母が背骨の透きとほる家
かつて吾鯨でありし日のやうにろんろんと啼きて母を捨てたし
べらばうに命が痒い咲きかけの泰山朴がゆれてゐるあのあたり
君がもし童心ならば抱いたらうなにも欲らねば抱きしめたらう
ぬばたまののり巻きが三つ太陽が一つわれらは食事を始む
闇と闇呑みあふやうな夜をくぐりザムザも夫も今朝出勤す
草千里踏みしめて牛は立ち上がりわたくしはなんと重たい夢か
なにかかう蟻が芋虫運ぶよなこまかき力に満ちてゐるなり
しくしくにしくしくに万里けぶらふと長城は延びて呑みし人心