『デンタルダイヤモンド』
読書に最適な季節となりました。なかなか落ち着いて一冊読めないけれどちょこっと文芸気分を味わいたい方に朗報です。今回ご紹介するのは事典。それも「名歌名句事典」というちょっと変わった事典です。古今の名歌、名句、名川柳を6186集め解説したこの一冊は、枕元やあるいはトイレに常備して頂きたい一冊です。トイレに辞典?と驚かないでください。トイレこそ家族でさえも近づけぬ聖域、優雅な孤独が楽しめる唯一の空間ではありませんか。その小さな聖域で、日常から遠く飛翔し、古人の恋の歌や、同時代を生きている作家たちの喜びや悲しみに触れるのです。恋の切なさの余韻を引きながらトイレから出てくるなんて、素敵ではありませんか。それに、結婚式や仕事でのスピーチの時ここで一首引いて決めたい、と思われたことがあるはず。かのクリントン大統領も日本の首相を迎えたおり、近世の歌人橘曙覧(たちばなのあけみ)の一首を引いておしゃれな心遣いを見せてくれました。
さて、試みにぱっとページを開いてみます。
君にちかふ阿蘇のけむりの絶ゆるとも万葉集の歌ほろぶとも
吉井勇
おおっ、いきなりすごい歌ではありませんか。解説には「現実にはあり得ないことあげて、世界がひっくり返っても女を愛し続けると永遠の愛を誓った歌」とあります。吉井勇は北原白秋らとともに活躍した歌人。明治の男の愛はかくも大らかで力強かったのかとほろりとします。それに比べて最近の男の頼りないこと、などと思いながらページをめくっていると、ん?手が止まる歌に出逢います。
吾がために死なむと云ひし男らのみなながらへぬおもしろきかな
原阿佐緒
原阿佐緒は大変美しい明治の歌人でした。当然男たちは夢中で阿佐緒を求めましたが、どの男も彼女を幸福にはできず、阿佐緒はむしろその男たちのために終生不幸でした。この歌はそうした男たちへの恨み節でもあるのです。しかしそうすると、あの吉井勇の愛も結局こんな風に嘲笑されるような消え方をしてしまったことも考えられます。「君にちかふ」なんて云いながら。もちろん阿佐緒と勇の間には関わりはなかったのですが、明治の男女の心模様も現代と変わらぬ複雑さがあるようです。
さてさて仕事や家族に追われ、トイレでしか安らげない私たちに相応しい恋の歌は、と探してみます。
観覧車回れ回れ想ひ出は君には一日(ひとひ)われには一生(ひとよ)
栗木京子
こんな歌で切なくなってみませんか?