『デンタルダイヤモンド』
今回は読む本ではなく味わう本をご紹介しましょう。それも舌のみならず視覚も感覚も満たしてくれる、とびっきりおしゃれなウイスキーの本です。以前から刊行され人気を呼んでいた本ですが、500ボトルほどが追加された改訂版が出ました。最近の日本はワインブームでワイン関係の本は多いですが、ウィスキーの奥の深さも見直したいもの。この本はお酒の紹介やランク付けにとどまらず、それぞれが醸された土地や空気や歴史を感じさせます。酒の味や香りという文字にしにくいものをスコットランドに点在する古城を描くように見事に表現しています。
訳者である土屋希和子は、スコットランドを訪ね醸造所を巡り歩いています。著者と呼吸を重ねるようにモルトの生まれた土地を身体に刻んで言葉を選んでいるのです。ほどよく残された英語と無駄のない表現が現地の雰囲気を伝え、著者の文章のセンスをうまく伝えていると言えましょう。
私自身この本に出逢って、四、五年ほど前の夏スカイ島の居酒屋で味わったタリスカーの味や香りをまざまざと五感に蘇らせることができました。曰く。
他とはっきり区別できる胡椒のような特徴 があり、テイスターのこめかみがかっと熱 くなるほどにホットである。(略)「クー リン山の溶岩」とはある別のテイスターの 反応であった。クーリン山は、タリスカー の故郷の島、スカイ島のドラマティックな 雰囲気をもつ丘陵であり、蒸留所は島の西 岸ロッホ・ハーポートの浜辺に位置してい る。ここではまだゲール語が話され、かつ てはツイードの産地であった。
どうでしょうか。口にしていないはずのタリスカーが口中に広がり、目の前にスカイ島の風景が広がるようではありませんか。スコットランド特有の陰鬱で荘厳な空に突き出た丘の数々、そしてその間に広がるピートの原野。タリスカーはスコットランド人の情熱のようだ、と著者は語りたそうです。そうそう。かの居酒屋の暖炉にはピートがくべられ、その良い香りは島中に漂っていました。ビールを飲みシーフードをお腹いっぱい食べ、夜も十時を回った頃、主人がやってきて、「さあ今からウィスキーの時間です。どれを試しますか?」と壁一面に並べたボトルを指さしたのでした。
ウィスキーは単なる酒ではなく文化そのもの。それを味わうことは一遍の詩を味わうことなのですね。ワンショットいかがですか?