野良猫街道事件簿その2

 

そう、あれは霧の朝だった。締め切りが迫ると決まって明け方に目が覚める癖のある私の耳に、奇妙な物音が響いてきた。いや、その日はむしろ聞き慣れない物音で目が覚めたのだ。シャク・・・シャク・・・・シャク。明らかに窓の外から聞こえてくるその音は、シャベルで土を掬う音のようだった。ゆっくりと、しかし途切れることなく繰り返される作業はもうずいぶん永く続いている。シャク・・・シャク。

 新興住宅地である私の家の裏手は、造成され残った雑木林だ。どうせ近々宅地になり金銭に化ける林は手入れされておらず荒れほうだいになっている。愛されていない土地は愛の少なさが表情となって滲む。投げ込まれ捨てられたタイヤや空き缶が木の間からちらほらと見え、ぼさぼさの木々は難民のように疲れ、鬱蒼としていた。

 ・・・シャク・・・シャク。私は白み始めた窓の外を覗くためにカーテンを持ち上げる。霧が流れ、視界がきかない。しかし遠くに確かに誰かがいる気配はある。誰だろう、何をしているのだろう。声を掛けようかと思ったがやめた。関わり合うほどのことではない。もう一度眠ることにした。だが妙に目が冴えてしまっている。

 こんな土地だろう、いろんなものが置き去りにされてゆくのは。破れた傘、名前を削られた三輪車、扉が開いたままの冷蔵庫、何が入っているのか分からないドラム缶。時には名前をなくした人間だって。本当に何という寂しい土地だろう。・・・シャク。え、人間?名前のない体、ビニールシートでぐるぐる巻きにされた死体・・・?まさか! 私は自分の想像に怯え動けなくなってしまう。それっきり音はしなくなって、わずかに陽光が差そうとしていた。いつもと同じ朝がやってこようとしているのだ。

 冷や汗で湿った体をようやく起こすことが出来たとき、外はすっかり明け切っていた。まだうっすらと霧は残っているものの林の木々がいつものように憂鬱そうに立っているのは確かめられた。そして私は見たのだ。掘り起こされたばかりの土の跡を。林の入り口あたりの少し開けた場所に、長方形に注意深くならされた新しい土が遠目にはっきりと見分けられた。そして見れば見るほどその長方形は棺桶のサイズなのだ。何ということだろう!あの下に埋まっているのは死体以外ではありえない。大変だ!誰かに知らせねば。

 例の件(事件簿その1)もあるから警察に電話する前に確かめねば。私はその場所により近い何件かの家に今朝変な物音がしなかったかを尋ねた。棺桶サイズの話をし、その場所を指さす。気味が悪いわね、とは言うけれど、私と一緒にそこを掘り返してくれそうな人はいない。やはり警察しかないのか。そして三軒めのTさん宅。ここが一番事件の場所に近かった。今朝のことを話す。Tさんはぼそりと「それ、私」と言った。唐突な自白に私は躓く。え?何?

 人生はあまりにも平凡であまりにも合理的だ。ほとんど殺人的に。ホームズ、ポアロ、明智、金田一、みんな整列してようく聞け。今朝早く目が覚めたTさんは、コスモスの種を撒くための苗床を掘っていたのだ。「たくさんもらったのよ。狭い庭じゃ植えきれないし、暑くなる前に済ませないとね」・・・掘り返された地面は「棺桶サイズ」というより「畳一枚サイズ」だった。微妙だが重要な違いだ。

 一週間後、事件現場からは一斉にコスモスが芽吹き、私はこのあたりでかなり有名になっていた。シャクシャクシャクシャク。