書き下ろし
台本を調べてみないと本当のところは分からないけれど、ジェームズ・キャメロンの「タイタニック」の終わり近い場面でちょっとおしゃれな台詞がある。海を漂いながら死を覚悟したジャックがローズに「You never follow me」と言う。貴方は生き残れ、とローズを励ます涙涙の大一番である。しゃれているのはその後のローズの台詞。死んだジャックの手をふりほどき、助けを求めて泳ぎだそうとするとき、「I will follow you」と言う。貴方の生き方を忘れない、貴方のように生きてみせる、という大切な台詞。このfollwのやりとりは結構泣ける。
そういえばリュックベッソンの「ジャンヌダルク」も決め台詞が「follow me!」だった。ちょっとヒステリー気味のスレンダーな美少女が、「follow me!」と叫ぶ。合理的な判断を超えて賭けに出るとき、彼岸に向かって一気に橋を架けようというとき、「follow me!」と叫ぶ者は賭の大きさに見合うだけ絶壁を背負っている。ベッソンのスピード感が少女の短命と薄幸を予感させるから生きる台詞だ。トリッキーな独裁者にはけして備わることのないくっきりとした輪郭。あの輪郭を見せなければ言えない台詞だ。
自分を追って来い、というときの、あのつんと尖った命の輝きを私は思う。カルガモが雛を従えて歩くとき、先頭の親カモは自信にあふれている。見えない糸に繋がれてでもいるように一列に並んだ雛は転びながらでもついてゆく。親カモはおどおどしたり振り返ったりしない。生まれたばかりの雛と自分の無防備を晒しながら、follow me!と全身で告げている。
私にもあの親カモのような時間があった。私の後を泣きじゃくりながら追いかけてきた三歳の息子。いつもいつも息子は「待って」「ママ、待って」と私の背中を追いかけてきた。私は待たなかった。立ち止まる代わりにFollow me! と全身で応えた。私の中の自信が子供を引き連れて歩いた。あの時、子供が私に寄せていた奇蹟のような信頼の純粋さを私は充分に分かっていただろうか。あるいは幼い子供を育てている母親だけに授けられた魔法が、私を信頼するに足る者にしていたというのだろうか。
いま私の後ろを追いかけてくるものはなく、私はせわしなく自分のためだけに歩く。ときどき、見上げた樹木の間の遠い空からFollow me! という声がする。かつて一度だけ私の頭に授けられた冠鷲のような飾り羽根、私はその記憶をつんと生やして声のする方を見上げる。
書き下ろし
台本を調べてみないと本当のところは分からないけれど、ジェームズ・キャメロ
ンの「タイタニック」の終わり近い場面でちょっとおしゃれな台詞がある。海を
漂いながら死を覚悟したジャックがローズに「You never follow me」と言う。
貴方は生き残れ、とローズを励ます涙涙の大一番である。しゃれているのはその
後のローズの台詞。死んだジャックの手をふりほどき、助けを求めて泳ぎだそう
とするとき、「I will follow you」と言う。貴方の生き方を忘れない、貴方の
ように生きてみせる、という大切な台詞。このfollwのやりとりは結構泣ける。
そういえばリュックベッソンの「ジャンヌダルク」も決め台詞が「follow me!」
だった。ちょっとヒステリー気味のスレンダーな美少女が、「follow me!」と叫
ぶ。合理的な判断を超えて賭けに出るとき、彼岸に向かって一気に橋を架けよう
というとき、「follow me!」と叫ぶ者は賭の大きさに見合うだけ絶壁を背負っ
ている。ベッソンのスピード感が少女の短命と薄幸を予感させるから生きる台詞
だ。トリッキーな独裁者にはけして備わることのないくっきりとした輪郭。あの
輪郭を見せなければ言えない台詞だ。
自分を追って来い、というときの、あのつんと尖った命の輝きを私は思う。カ
ルガモが雛を従えて歩くとき、先頭の親カモは自信にあふれている。見えない糸
に繋がれてでもいるように一列に並んだ雛は転びながらでもついてゆく。親カモ
はおどおどしたり振り返ったりしない。生まれたばかりの雛と自分の無防備を晒
しながら、follow me!と全身で告げている。
私にもあの親カモのような時間があった。私の後を泣きじゃくりながら追いか
けてきた三歳の息子。いつもいつも息子は「待って」「ママ、待って」と私の背
中を追いかけてきた。私は待たなかった。立ち止まる代わりにFollow me! と全
身で応えた。私の中の自信が子供を引き連れて歩いた。あの時、子供が私に寄せ
ていた奇蹟のような信頼の純粋さを私は充分に分かっていただろうか。あるいは
幼い子供を育てている母親だけに授けられた魔法が、私を信頼するに足る者にし
ていたというのだろうか。
いま私の後ろを追いかけてくるものはなく、私はせわしなく自分のためだけに
歩く。ときどき、見上げた樹木の間の遠い空からFollow me! という声がする。
かつて一度だけ私の頭に授けられた冠鷲のような飾り羽根、私はその記憶をつん
と生やして声のする方を見上げる。