少年Aシリーズその5

天城ぬけ

書きおろし

 

「少年Aシリーズその4 天城越え」の続編です。とほほ・・・。


 その後A少年はどうなったのか。プロジェクト「天城越え」はどうなったの?と遠慮がちに聞かれることがある。結果から云えば、いまだによくわからないのだ。B級映画を見終わったときの狐につままれたような感覚である。えっ、これが結末?主人公の今までの波瀾万丈は何だったの?あの思わせぶりな台詞の意味は?主人公が起こしたあの事件はどうなったの?ぶつぶつに切れたストーリーと、ずさんにばらまかれたままのデテールを思ってぽかんとし、お金を払ったことにも、二時間も真面目につきあったことにも腹が立つ、そんな映画がある。A少年の受験騒ぎはその中でも最悪クラスに属するC級映画となった。

 冬休みに学校から呼び出され、あからさまな現実を知らされた後、A少年の家はもちろん火宅となった。ようやく開封された受験情報は火中に注がれたガソリンとなって一家は大爆発。毎日のように小爆発もし、とにかく大変な騒ぎとなった。焼けこげたクリスマスを過ぎるころ、ようやく息子も事の重大さに気がつき、親の監視の下、受験勉強に取りかかった。 真新しい日本史の教科書を開いたA少年は、目を輝かせながら鎌倉時代が戦国時代より前にあったという事実に開眼し、信長や秀吉がRPGのキャラクターではなく実在の人物であったことに歓喜し、それでも源実朝を「げんじっちょう」と読む現実を抱えながら年を越す。

 焼け跡に残った不発弾がときおり小爆発を起こす正月、逃げ込んだ予備校の「決戦前夜ゼミ」で左翼の生き残りのハッタリ教師に出会い、「あいつはなかなか見込みがある」と教師を褒めてみせる。いさぎよく浪人を決め込んだ友達と自習室で分け合う「キットカット」や「ウカ~ル」をリュックに詰め込み、「あいつも大変だよなあ」と友達の境遇に同情を寄せる。むろん友達はA少年と較べるべくもない良い成績を持ち、天城峠の最後の下り坂を一年かけて用心深く降ろうというのだ。

 すでに時は正月明け。まともな勉強で間に合うわけがない。選択肢問題の選び方、「四つあったら三番目」「仲間はずれに要注意」「迷ったら最初の直感に戻る」などというくだらない技術を嬉々として覚え込んだ息子は、あろうことか天城峠にトンネルがあることを発見した。美しいループ橋を備えたトンネルは、険しい峠をまっすぐに突き抜け、わずか五分で向こう側へ抜けるのだった。天城峠に分け入る険しい登山道を夜な夜な思ってはため息をつく親を尻目に、A少年は数少ないマシな科目をかき集めての受験に切り替える。絶対に行きたい、と言っていた志望校があったことなど壮大な日本史を駆け抜けるうちに忘れ果てたらしい。意地も見栄もこだわりもない。実に明朗にいくつかの大学を受験することにし、「全部受かったらどうしよう」と受ける前に担任に相談に出かける始末。相談を受けた担任はさぞ驚いたことだろう。

 つまるところA少年はとっくの昔に開通していた天城トンネルを定期観光バスで走り抜けてしまったのである。これをめでたいというべきなのかどうか。人間はどこかで苦労せねば一人前にはなれぬ、あの峠の細道を今一度汗をかいて登り直してみよ、と古典的親となって私は思う。息子の未来に天城峠より高い険しい山影がそびえ立っているのは間違いない。もうすでにA少年を呑み込もうとしている不機嫌なその山影には登山道さえなく、ましてやトンネルなどないのだぞ。