日替りエッセイ

短歌に限らず森羅万象、おりに触れての物思いを書いていきたいと思います。

メールで掲載の許可を頂けたものはここに載せていきたいと思いますのでどうぞよろしくお願い致します。

 

もくじ

クリスマスプレゼントです! / なんでオバマがノーベル賞!? / E・サイードとマイケル / 天皇制、アメリカ、エンタメ / This is it。 / マイケール!! / 鼎談、シンポジウムなど / 火曜日はやめて

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クリスマスプレゼントです!

2009/12/23

 信者ではないけれどやっぱりクリスマスが近づくとワクワクします。子供の頃の楽しい思い出が急に鮮やかに蘇ります。父が裏山から切ってきた樅の木のクリスマスツリーに、母がタバコの包み紙などでオーナメントを作り飾ってくれました。絵に描いたような聖家族の風景が(思い出によって理想化されつつ)思い出されます。多くの人にとってクリスマスはそんな行事なのかもしれません。
 ところで、私から皆さんへのクリスマスプレゼントを!イタリアの友人、佳子オットガッリの歌声です。彼女はソプラノ歌手を目指してイタリアに渡りました。十分な実力を備えながら、その後結婚、子育てに追われていましたが、このほど再起。様々なイベントで聴衆を驚かせています。彼女の歌声は、なぜだか心が震え、涙を誘われるのです。15年というソプラノ歌手としては致命的なブランクを乗り越えた彼女の歌声を聞いてみてください。(左のバーに「ゲストルーム」を増設、リンク集にも彼女のホームページをアップしました。)

www.yoshikoottogalli.it
 
 今年は、拙著『幻想の重量ー葛原妙子の戦後短歌』について多くの方から紙誌面で、ウェブ上で御批評をいただきました。あのような長い書き物を読んでくださったことにまず心より感謝申し上げます。また、いろいろな貴重な御批評を賜り、来年以降も続きそうな議論を興味深く嬉しく拝読しています。もしできることなら戦後文学、あるいはもっと広く近代短歌までを視野に入れた議論に広がってゆければ、と願っています。
 ただ、文脈を無視したピンポイント批判や、資料の堆積を無視した議論、狭い信念にもとづく解釈の押しつけは誤読であるばかりでなく、面白くない。葛原は大変視野の広い人でした。そのスケールを感じていただければと思います。
 ではどうぞ素敵なクリスマスを!!


なんでオバマがノーベル賞!?

2009/12/14

 右手(めて)にくたびれきった夫、左手(ゆんで)にくたびれそこなった母(注・くたばりそこなった、ではない)、前方にこれからくたびれそうな息子。後方で亡くなったマイケルだけが色褪せず輝く今日この頃です。
 この間、九州に一週間ほど帰ってきました。母の冬支度やらいろいろ。なんだか原因不明の疲労感があってこりゃまずいな、と思っていたところ、用事で出かけた市役所で同級生に出会い、たちまちミニ同窓会。これがとっても楽しかった。将来、久住高原に老人ホーム作って一緒に住む話、実現しようね!
 しかしなんでオバマがノーベル平和賞!?佐藤A作ももらったから誰でもいいといえばそうだけど、あのスピーチは酷かった。必要な戦争はある、のかないのか?とりわけ彼が口にした「悪」って一体何なんだ?まさにそういうことについて粘り強く考え行動した人が貰うのがノーベル平和賞でしょうに。
 うんと失望して怒りながら、しかし一方で、彼が黒人だから余計に私は失望したのかもしれない、とも思いました。これがもし白人男性によって語られていたなら、たとえばケネディが語っていたなら、これほど大きな失望があっただろうか、と。あるいはこれがリアリズムというものか、と妙な納得をしたかもしれません。
 私たちの中には知らず知らずのうちに偏見があって、偏見の対象になっている人々、たとえばマイノリティーや障害者、女性には何とはなしに聖性を求めてしまいがち。まともに社会参加したいなら完璧でいろ、という無言無形の暴力を抱え込んでしまっています。聖母マリアのような寛容と完璧な愛をもとめてしまっているかもしれません。
 と、このように反省してみてもやっぱあのスピーチは酷い。アメリカはもうどんなことしてみても自己正当化できない。崖っぷちに立っている姿にも見えました。
 ノーベル平和賞に二度もノミネートされながら受賞できなかったマイケル。彼がどれだけ多くの世界の人々を癒し希望を与えたかを考えれば絶対マイケルが受賞すべきでした!!マイケルについてならたちまち100枚書けます!!と、とある編集者に答えたところ、「いえ、それは結構ですから書評3枚、とにかく早く書いてください」。うっ・・・・。


E・サイードとマイケル

2009/11/23

 私のようなささやかな書き物をしていても、それはそれなりにしんどいこともあって、そういうとき、いつもE・サイードの書き物を読みます。彼はいつも境界からものを考えようとした人でした。
 どっぷりと既成のアイデンティティーのなかに浸りながらそれを権威づけたり、自足するために人文学はあるのではない、ということを思い出させてくれるからです。人文学はもっと広く有用でありそれ自身神聖なもの。アラブ人としてエジプトに育ちながらアメリカ人として生涯の多くをアメリカで暮らしたこの多才な学者にとって、大きなバックグラウンドになったのは、「境界」それ自体が彼のアイデンティティーであるということだったと私は思います。
 放っておけば蛸壺になってゆく世界。点在する蛸壺の間に広がるのは不明と不安と憎悪でしょう。そんな世界をもっと見晴らしの良い、そしてもっと切実な問題に晒しつつ考え続けること、そのために自分自身を問いとして渦中に投じた人でした。
 サイード最後の著述である『人文学と批評の使命』(岩波)の最後に訳者が「アメリカでは、サイードひとりがいるといないとでたぶん光景がずいぶんと違ってみえる」と書いていました。私はアメリカの人文学など何ほども知りませんが、しかしその気分はよくわかる気がしています。アメリカは性能のいい通風口を失ったようなもの。
 どうじに、マイケルのいないアメリカもずいぶんと風景が違って見える気がします。マイケルも自らを「境界」にしていった人でした。幻想と現実、アメリカと世界、白人と黒人、貧困と富裕、伝統と革新、さまざまな境界を自ら引き受けながら最前線に立っていた人だったと思います。彼の肌の色の変化が病気だったというのは事実のようですが、しかしそうした試練もなにか彼自身を超えたものから背負わされたかもしれません。


天皇制、アメリカ、エンタメ

2009/11/13

 いま、家が振動するほどの音量でマイケル鳴らしながら書いています。のでとってもお元気。で、そのお元気ついでに昨日の天皇の在位20周年でのエグザイルのパフォーマンスについて一言。なんだありゃ、つまらん。
 エグザイルはダンスも歌も巧いと思っていましたが、昨日の映像は場違いな猿踊り。見ていて、ああこりゃ日本ではやっぱエンタメでさえ天皇制という主人持ちか、とうんざりしました。天皇制についての私の立場はとりあえず保留します。そのうえで。ポップスのようなエンターテイメントが天皇に捧げられるとあれほどつまらなくなるのかと確認しました。
 エンタメはエンタメの神様に対して、そしてファンの一人一人に対してのみ捧げられるものでしょう。そうでなければエンタメが抱え持つメッセージ性が失われてしまう。
 天皇に見せるんで緊張して、というのはおかしい。パフォーマンスする間は天皇もファンの一人に過ぎないはす。日本のエンタメはどこかこういう弱さを持っていると思います。
 エンタメを舐めてんのか、と思うような舞台ばかり。そこらのジャリタレが二、三ヶ月「特訓」して演じられるミュージカル(劇団四季もなんとかしろ!)やら、舞台やら。テレビドラマの演技のお粗末さは目に余る(堺雅人、あなただけは別よ♡)。
 「アメリカ」という言葉が意味するものはさまざまでしょう。悪しきアメリカの副作用に悩む日本からみればアメリカ的であることは最早悪でしょう。しかしそれでもアメリカが抱えているものの最良の部分がエンタメにはある。パフォーマーの層の厚さとそのレベルの高さはものすごいし、その厚さに押し上げられて舞台に立つ者のパフォーマンスは神聖な感しがします。(もっとも最近エンタメでもアメリカのメッセージは聞こえにくくなっているし、ブレが出てきているのが気になりますが)。
 マイケルはずいぶんいろんな深刻な病気を抱えていたようですね。彼の白い肌も病気らしいし。白人になりたかったわけではない、かも。もしそれが本当であればいっそう彼がパフォーマンスに賭けたものは凄かったことになります。ステロイドと痛み止め飲みながらあの体型を維持し、激しいダンスをするのがどれほどの努力か・・。一回一回のパフォーマンスが命を削るものだったことでしょう。
 比べちゃわるいけど、エグザイル、あんたたち小者よね。
 
 
 


This is it。

2009/11/7

 今日はふらっと街に出て映画見てきました、マイケルジャクソンの「This is it」。今まで彼について何か興味があったわけでもなく、化け物、くらいにしか思っていなかったけど、むしろそれだけに衝撃は大きかった。彼は間違いなく破格の天才で、良くも悪しくも私たち世代を代表する人で、その哀しさや表現したかったことが胸に落ちる気がしたからです。
 彼が人工的に自らの顔を変えてゆく時間。肌の色を変えてゆく時間は、私たちが生きてきた時間とぴったり重なります。彼の醜さは私たちの醜さであり、彼の所属のなさは私たちの所属のなさであり、あるいはもしかすると今を生きる人々すべての帰る場所のなさを象徴しているかもしれません。
 私は、1990年代の一時期、マイケルがking of popとなってゆく時代をアメリカを彷徨って暮らしました。新車一台を乗りつぶすほどあの大陸を走り回りながら、私がずっと考えていたのは、私はいったい誰なのか、そして私はどこに行くべきなのか、ということでした。それは、望み、努力すれば何かが叶うかもしれぬ時代の、希望の裏に絶望が張り付いた切ない夢でもありました。
 マイケルははっきりと白人になりたかった。そして戦後民主主義の時代を生きた日本人はどこかでアメリカ人ではない自分を意識せざるをえなかったのではないでしょうか。
 アイデンティティーを失った者の醜さはある程度承知しているつもりです。ファッションも、仕草も、そして食べ物も好みも、みんなアメリカ人に倣いながら、しかしそうであればあるほど陳腐なガイコクジンになっていた私自身。
 その奇妙な生き方の果てにマイケルに残ったのは音楽だった。だたし、それは破格のもので、ショービジネスに食い物にされながらも彼が何かもっと深いものを表現したかったことはこの映画を見ていてつくづく感じました。彼の50才の身体には年齢というものが全く感じられなかったし、彼のすべてがパフォーマンスに向けてだけ存在している感じは鬼気迫るものがありました。すさまじい努力と人工的な改造の痕跡。彼は自ら大人になることをやめ、問いのまま立ち尽くそうとしたようにも思えます。
 「私は誰か」「私はどこに向かうべきか」。自らが出会い背負った問いに対して、ある意味でマイケルは本当に真摯な生き方をしたよう思います。私は自らを訪れたこうした問いに対して本当に真摯でありえたか。努力不足を思います。私にたまたま残されたのは日本語の世界。そこに対してせめてあと少しの時間、本当の努力をしなくてはなりません。
 


マイケール!!

2009/11/4

 なかなか仕事は片付かず、かといってご褒美がなければもっと片付かずと、しつけの悪い犬のわたくし。昨日はホイ!とばかりにご褒美にマイケルジャクソンのDVDを見てしまいました。ほんと、失神するかと思った。間違って彼が生きてる間にライブなんか見なくてよかった。人生失うところでした。一人で叫んで悶えて、酒飲んで。
 でも見終わって、彼はやはり黒人だったな、それも根の深い、重たいブラックアメリカンの魂を抱えた人だったな、と思いました。
 そういえば去年の今頃はニューヨークのジャズクラブでやっぱ叫んで悶えて酒飲んで、んで二日酔いで死にそうになっていた私。同じ時期にきっちり同じ事やるというのはやっぱ真面目。同じ時期にきっちりわいて出る蚊とか蝉とかみたい。犬以下。ごめんな、犬。


鼎談、シンポジウムなど

2009/10/25

 介護について書いていると女性からいろいろメールを頂戴します。きれい事ではなく、本音で語られたものが少なすぎるせいでしょう。短歌でも介護や病は近年大きなテーマになっていますが、しかし文学としてどのような新しい物を生んでゆくのかはこれから、でしょう。人間の裸形がぶつかり合う得難い題材。私自身もどのような表現の可能性があるのか考えていきたいです。
 さて、「短歌研究」11月号に、7月に開催したシンポジウム「今、読み直す戦後短歌」の記録が掲載されました。30ページを越える会の全記録です。「失うものはなにもない!」をかけ声に勢いだけで開いた会でしたが、このように温かく迎えてくださり本当にありがとうございました。また、次回は来年2月11日(青山アイビーホール)を予定しています。すでに準備に入っています。どうぞよろしくお願いいたします。
 また、「歌壇」11月号に、拙著『幻想の重量』をきっかけとして、ということで鼎談が掲載されています。歌人の佐伯裕子さん、国文学者の品田悦一さん、それに私の三人で、戦後のみならず、近代についての話をしました。あらためて読んでみると佐伯さんも品田さんもすごく良いことを言ってくださっているのに私の答えがアサッテの方角を向いていて、答え切れていないと思いました。赤面、です。品田さんは『万葉集の発明』という御著書をお持ちです。近代が万葉集を再発見して大古典に仕立ててゆく過程を緻密に追った、大変面白い本です。近々茂吉論を出版されるということで、これも大変楽しみです。
 雨、ですね。こういう日は仕事するのが一番楽しいかも。


火曜日はやめて

2009/10/24

 この頃、女友達との話題はどうしても介護のことになります。これが凄い壮絶さで、悲劇も喜劇も超越しています。中でも昨日聞いた「おかあさん、あなたはお母さんだったでしょ!しっかりしてよ」っていう友達の台詞はほんとに悲しい。どんなふうに悲しいのかはよくわかりません。
 このまえの私の母の言葉も忘れがたいけど、これが悲しいのか、可笑しいのかこれもよくわからない。実家のコタツで母と向き合っていると時々煮詰まって意地悪な気持ちになることがあります。それで「私、お母さんより先に死ぬかも」といったら、何も答えずに母がカレンダーをちらちらと見ています。「どうしたの?」と聞くと、「火曜日は都合が悪い」と言うのです。デイケアに行く日だから、その日は葬式にいけない、とのこと。なんか凄いですが、どのように凄いのかがわかりません。